エッセイ

報い

C.O.

2025年5月11日に開催された文学フリマ東京40の小説トリッパー編集部ブースにて限定販売されたZINE『受賞者たちの林芙美子文学賞にまつわる話』に寄稿したエッセイの全文をここに掲載します。

小説を、いわゆる新人賞というものに送ってみたことはたぶん二、三度あった。それが多いのか少ないのかはわからないけれど、書きはじめてもう二十年以上経つわけだから、多くはないのかもしれない。

書いたものはたいてい、いつもどこかへ行ってしまう。わざわざ捨てているのではなく、ふと気づくと、失くなってしまっているのだ。

学生のときだが、「あなたのように自分の書いたものを大切にできない人は、どれだけ書き続けても報われない」と言われたことがある。その人の言う「報われる」というのが正確になにを指すのか知らないが、これまで、選考通過者の中に自分の名前を見つけたことは一度もなかった。

今回佳作に選んでいただいた「燃ゆる海(燃ゆる馬)」は、めずらしく捨てずにおいたものだった。何度か改稿を繰り返して、印刷して、丁寧に封をして送った。ふと思い出して一次選考の通過者を見にいくと、自分の名前があって驚いた。誰かが読んでくれたのか、と思うと、すなおに嬉しかった。

十二月のある夜、電話が鳴って、「最終候補に残りましたよ」と言われた。どこかに、自分の書いたものをおもしろいと思ってくれた(かもしれない)人がいる。宇宙を漂流していたら、それほど期待もしていなかった古びた通信機に初めて応答があった、そんな気持ちだった。

一月、選考会の夕方、予定より少し早く電話が鳴って、「佳作に選ばれましたよ」と言われた。長い一ヶ月がようやく幕を閉じてほっとした。待つことに疲れ果てて、喜びを感じられるようになるよりも先に授賞式が終わってしまった。

小説を書いている時間が一番楽しい。プロットを作っているとき、書き終えて推敲しているときも楽しい。幸福といってもおおげさではないように思う。それをたくさんの人が読んでくれたら、もっと楽しいだろうなと想像していた。でも、本当にそうなってみると、べつにそれほど楽しくもなかった。

――乗馬がお好きなんですか?――乗ったことないです。――ドバイへはご旅行で?――行ったことないです。――大きな怪我を……?――全然ないです。――狐憑きなんて、本当にあるんですかね?――さぁ?

ただ、編集者さんから「(新作の)完成を楽しみにお待ちしたいと存じます。」というメール(おそらくテンプレ)をいただいたときは、やっぱり嬉しかった。

書くことの周辺で、楽しいこと、楽しくないことがぐるぐるまわりだして、どちらに対してもちょっとうんざりして、日々にふり落とされてしまわないよう、掴まりながら思う。これを人は、「報われた」と言うんだろうか。

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

記事URLをコピーしました